衆生とはすべての生きとし生けるものを指すことは
以前から言っているとおりでございまして、私の
姿がただ人の姿をとっているのは、この魂が、人の
肉体を受けた故に人なのです。これが、牛や他の家畜
あるいは、虫やいろいろな生物だとすれば、その姿に
生まれ出てくるわけです。 すなわち、ほかの生物の
姿や行動からも、因縁果が見られるわけですね。
強いものは弱いものを食し、すべて繋がっている。
殺した者は殺され、その繰り返しをする。自分の
殺した相手も、自分で手を汚さないまでも、何がしか
の命を奪わなければ、生きてはいけない。これは
殺因を成さなければならない世界で生きていると
いうことになるのではと自分は思いました。
つまりは、殺された果があったから、今殺すのであって
何気なしに殺生を行っているわけではないということです。
殺果ゆえに殺因を成すということなのです。
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